パーチェス便り

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#15 21世紀文学のすゝめ

    書評紙「週刊読書人」 2024年10月 11日号にて、 21世紀アメリカ文学をめぐりブルックリン在住の作家・翻訳家、新居良一氏と対談した。新年が開ければちょうど 21世紀最初の四半世紀が終わろうとしている現在、<ニューヨーク・タイムズ・ブックレビュー>(NYTBR) 2024年 9月 1日号と 9月 8日号が世界文学ベスト 100の編集部版と読者反応版を発表したので、折しも大統領選が近づいていたためその雰囲気も伝えつつ、両名独自のベスト 20を発表した次第である。下記には、私自身のリストと各作品へのコメントのみ、お目にかける。

    必ずしも 21世紀作品に限らず、むしろ「 2024 年の視点から見て再読に値する重要な古典」も入れているのにご注意。対談はハードコピー版に入らなかった部分はウェブサイト版で閲覧可能。そちらでは、最近読んで最も衝撃的だった中国系アメリカ人女性作家R. F.Kuang(匡灵秀)のBabel: or the Necessity of Violence, an Arcane History of Oxford Translators’ Revolution(2022)/レイチェル・クアン『バベルーー暴力の必然またはオックスフォード翻訳家革命秘史』についても詳しく語った。

【What’s New!】週刊読書人2024年10月11日号 | 読書人WEB

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写真(左から):巽孝之、小谷真理氏、新元良一氏、秋元孝文氏(甲南大学教授)


Takayuki Tatsumi
The List of the 20 Best American Writings in the Context of the 21st Century

巽孝之「2024アメリカ文学ベスト20」

  1. Monique Truong, The Sweetest Fruits (2019)/モニク・トゥルン『かくも甘き果実』(吉田恭子訳、集英社、2022)

    多国籍作家ラフカディオ・ハーンがアメリカにおける黒人女性との事実婚を経て、いかに来日しいかに小泉八雲となったかを女性関係から物語る。著者はヴェトナム系。
     
  2. J.D. Vance, Hillbilly Elegy: a Memoir of a Family and Culture in Crisis (2016)/J.D.ヴァンス『ヒルビリー・エレジー』(関根光宏&山田文訳、光文社、2017)

    著者はご存じ、今秋返り咲いたトランプ政権の副大統領である。アパラチア山脈周辺のプアホワイトがいかに貧困と酒類&薬物依存症を拗らせているかを赤裸々に綴る。
     
  3. Tommy Orange, There There (2018)/トミー・オレンジ『ゼアゼア』(加藤有佳織訳、五月書房新社、2020)

    9.11同時多発テロを経て国土安全保障が叫ばれるが、しかしアメリカ先住民にとって、自らの土地はいつもすでに奪われており、「そこ」であって「そこ」ではない。
     
  4. Colum McCann, Apeirogon(2020)/コラム・マッキャン『無限角形 1001の砂漠の断章』(栩木玲子訳、早川書房、2022)

    死海のほとりの闘争は太古から続く。本書はふとしたことでイスラエル人とパレスチナ人が深い契りで結ばれる物語。戦時下のいまこそ読むべき一冊だ。
     
  5. Bruce Schulman, The Seventies(2001) /ブルース・シュルマン『アメリカ 70年代』(巽孝之&北村礼子共訳、国書刊行会、2024)

    1970年代後半、ジョージア出身カーター政権の時代より、アメリカ合衆国ではサンベルトを中心にした南部の逆襲が始まる。昨今の大統領選の謎も解けるだろう。
     
  6. Elizabeth Hand, A Haunting on the Hill(2023) /エリザベス・ハンド『丘の屋敷再訪』未訳

    ポーの「アッシャー家の崩壊」の衣鉢を継ぐシャーリー・ジャクソンの『丘の屋敷』、それにスティーヴン・キングの『シャイニング』。本書はその伝統を丸ごと料理!
     
  7. Steve Erickson, American Stutter(2022)/スティーヴ・ エリクソン『アメリカは吃る』未訳

    2021年 1月 6日のトランプ勢力による議事堂襲撃事件(J6)は世界を震撼させ、エリクソンに作家の想像力の限界を実感させた。その瞬間に至るまでの赤裸々な日記。
     
  8. Stephanie Dray and Laura Kamoie, America’s First Daughter(2017) /ステファニー・ドレイ&ローラ・   キャモイ『アメリカ最初の娘』未訳

    第三代大統領トマス・ジェファソンの長女マーサと黒人女性奴隷の愛人サリーが立ち並び、国家の未来を見据えるロマンス。さてどちらが真の「アメリカの娘」か?
     
  9. Eric Larson, The Demon of Unrest A Saga of Hubris, Heartbreak, and Heroism at the Dawn of the Civil War(2024)/エリック・ラーソン『混沌の悪魔――南北戦争幕開けの傲慢と絶望と英雄群像』未訳

    現代アメリカを代表するノンフィクション・ノヴェル作家が、今度はリンカーン大統領誕生から南北戦争勃発までの短期間に絞った力作。 J6が重なる大仕掛けだ。
     
  10. Larry McCaffery, Avant-Crit(2024)ラリー・マキャフリー『アヴァン・クリット』未訳

    1990年代、現代アメリカ文学の絶頂期にマキャフリーは最先端文学の潮流を評して「アヴァン・ポップ」と呼んだ。本書はそれ以来織り紡がれた前衛的文学批評の集大成。
     
  11. Jesmyn Ward, Sing, Unburied, Sing(2017,30位)/ジェスミン・ウォード『歌え、葬られぬ者たちよ、歌え』 (石川由美子訳、作品社、2020)

    黒人家庭に育ったレオニと白人家庭に育ったマイケルはめでたく結ばれ子供にも恵まれるも、ふとした悲劇により引き裂かれ、黒人奴隷制以来の因縁に振り回される。
     
  12. Min Jin Lee, Pachinko(2017,15位)/ミン・ジン・リー『パチンコ』(池田真紀子訳、文藝春秋、2020)

    韓国人作家初のノーベル文学賞が話題の昨今だが、本書は韓国系アメリカ女性作家による傑作大長編。スタインベック『エデンの東』に勝るとも劣らぬ感動を与えてくれる。
     
  13. Lara Prescott, The Secret We Kept(2019)ラーラ・プレスコット『あの本は読まれているか』(古澤康子訳、東京創元社、2020)

    『ドクトル・ジバゴ』でノーベル文学賞が決定しながら政治的理由で作者パステルナークは辞退に追い込まれる。戦後、まさに同作品を用いた米ソ冷戦解消計画が始まった!
     
  14. Philip Roth, Plot Against America(2004,65位)/フィリップ・ロス『プロット・アゲンスト・アメリカ』(柴田元幸訳、集英社、2014)

    MAGAといえばトランプ新大統領の代名詞だが、その起源は飛行家リンドバーグだ。本書は彼が大統領選でローズベルトを破っていたらというスリル満点の歴史改変小説。
     
  15. Herman Melville, Pierre(1852)/ハーマン・メルヴィル『ピエール』(牧野有通監訳、幻戯書房、2022)

    アメリカを代表する文豪メルヴィルには、海洋小説ばかりでなくニューヨーク文壇を扱った都市小説がある。当時 失敗作と言われつつも、現代前衛小説とも共振する異色作。
     
  16. William Gibson, Agency(2020)/ウィリアム・ギブスン『エージェンシー』未訳

    ヒラリー・クリントンが大統領になっていたらという想定 に基づくサイバーパンク小説。 TV化された『ペリフェラル』の続編であり、第三部完結編が待たれるところだ。
     
  17. Marleen Barr, This Former President: Science Fiction as Retrospective Retrorocket Jettisons Trumpism(2023)/マーリーン・バー『トランプ元大統領の運命――懐旧的旧式ロケットはトランプ主義をいかに投棄するかを思弁する SF小説』未訳

    著者は北米 SF学会生涯功労賞ピルグリム賞を受けたフェミニズム SF研究の権威だが、昨今では、トランプをネタにしたドタバタ宇宙大活劇シリーズを展開し、批評精神全開!
     
  18. Alice Hoffman, The Invisible Hour(2023)/アリス・ホフマン『見えない時』未訳

    ナサニエル・ホーソーンの名作『緋文字』(1850)をモチーフに、現代において怒涛の恋愛の果てにカルト教団に囚われ、脱出を試みるヒロインとその娘の波瀾万丈の物語。
     
  19. Washington Irving, A History of New York, From the Beginning of the World to the End of the Dutch Dynasty(1809)/ワシントン・アーヴィング『ニューヨークの歴史――その創世記からオランダ王朝の終焉まで』未訳

    200年以上前の古典を引き合いに出したのは、著者がおそらくニューヨーク学院最寄りの文豪であるため。ヨーロッパ趣味濃厚な作風だが、その基本はニューヨークにある。
     
  20. R. F.Kuang(匡灵秀), Babel: or the Necessity of Violence, an Arcane History of Oxford Translators’ Revolution(2022)/レイチェル・クアン『バベルーー暴力の必然またはオックスフォード翻訳家革命秘史』未訳

    魔術的リアリズム風に再構築されるもうひとつのヴィクトリア朝大英帝国では、翻訳家が文章技術のみならず文明技術としてもその能力を発揮し、国家の命運を握る。傑作。