パーチェス便り

Main Post

#11 ダブル・ステイタス ―― NYSAIS会長を迎えて――

1月 18日(木曜日)には昨年に引き続き、朝 11時より、ニューヨーク裏千家の初釜に招かれた。レキシントンと三番街の間、赤煉瓦ビルの扉を開けると、マンハッタンの中心に京都そのものを再現したかのような空間が広がり、辰年に因む濃茶と懐石を堪能する。

1月 22日(月曜日)には夕方7時より、ロックフェラー・センターの裏、ラジオ・シティの最寄りにある日本語新聞DAILY SUN NEW YORK編集部にて、教育関係者の新年会。武田秀俊編集長の教育への関心と情熱から、参集したのはニューヨークやニュージャージーの日本人学校の校長に加え、数多くの塾経営者たち――早稲田アカデミー、駿台、それにSAPIXまで。これらの塾では、未来のニューヨーク学院生が一生懸命勉強しているかもしれない。

そして 1月 31日(水曜日)の昼には、ニューヨーク州私学連盟(New York State Association of Independent Schools、略称 NYSAIS、「ナイサイス」と発音する)の現会長ヴィンス・ウォッチョン(Vince Watchorn)がニューヨーク学院を初訪問。

私は 2022年の学院長就任以来、 NYSAISが主催するさまざまな地区会議や学校長会議に参加してきた。同連盟は 1947年に、ブルックリンのパッカー高校校長ポール・ D・シェーファーの提案で設立され、今日に至るまで国家の介入や規制から完全に独立した、私学連盟組織として活動。まさに福澤先生の「独立自尊」と合致する私学理念に貫かれている。

そしてこの組織の最大の使命は、ニューヨーク州に属する私立高校を十年に一度、査察することだ。ニューヨーク学院が初めて査察に合格しアメリカの高校として認定されたのは創設から 11年後の 2001年。以来 20年以上、 NYSAISの認定を維持し続けてきたが、コロナ禍をはさみ、2021年に予定されていたにもかかわらず延期された査察が2022年10月末に実施されたことを、覚えておられる方も少なくあるまい。この時、NYSAIS代表査察団の六名は四日間にわたって滞在し、学院の教育内容から職員労働、経営状態、施設環境、理事会や保護者会に至るまで全ての側面を徹底精査し、時に生徒や父兄にまで抜き打ちインタビューを行なった。それに対し、学院は理事会から全教職員、生徒会、保護者会までが一丸となって応じた。詳細については、以下の「三田評論」への寄稿を参照(https://www.mita-hyoron.keio.ac.jp/other/202304-4.html)。

いったいどうしてこうした査察が必要なのか、疑問に思う向きもあるだろうか。それに対しては、個々の学校による「認証」とNYSAISのような組織が下す「認定」の違いを説明しておくと、わかりやすいかもしれない。

つまり、あえてざっくり学校制度の中で割り切ると、例えば卒業証書とか資格証明書(いずれも Certificate)を出すのが認証機関としての学校だとすると、そうした学校がたくさんあるわけで、中にはズルをしたり悪さをしたりするものが出てくる可能性がある。そこで、それらの多くの学校群を対象にして、個々に対し定期的に査察して認定(accreditation)するのがNYSAISのような組織と言うことになる。認証機関のメタレベルに位置する認定機関として捉えればよい。

はたして年を越えた 2023年1月、学院は査察合格の認定証明を落手し、日本唯一の NYSAIS加盟校としてのステイタスを、今後も維持できることが決まった。それは、本学院が日本の高校としてもアメリカの高校としても資格を持つという、事実上のダブル・ステイタスである。

このようにニューヨーク学院とも縁浅からぬNYSAISの会長ヴィンス・ウォッチョンとは、会合ごとに挨拶を交わしてきたが、同組織には 200以上もの学校が加盟しており、白人系、黒人系、ユダヤ系は多くともアジア系は本学院だけ。そのせいか、今回、会長自ら我が校のことをもっと知りたいとの希望で、佐立謙一氏の尽力により初訪問が実現し、スタッフ一同で大歓迎した。

学院長室にて、主事たちや事務長たちと彼を囲んだランチョンでは、まずは北米にはほとんど見られない慶應義塾のシグネチャーと言うべき一貫教育システムについて簡単な解説を行い、そのあとはキャンパスを案内し授業参観、そしてエドワード・コンソラーティ氏ら教職員たちとの対話。
 

2時間という短い訪問ではあったが、ウォッチョン氏はあらかじめじっくり予習してきたようで、学院についてもさまざまに貴重な観察を行なっていた。彼によれば、これまで視察した学校は、長年の間に増築を繰り返したせいで、時代ごとにデザインの異なる建物がさまざまに並ぶ、一種のゴタ混ぜのようなキャンパスが多かったが、ニューヨーク学院のキャンパスと建物は、教室や寮はもちろん体育館、ダイニングホール、スピーカーズホールまで、一定の建築理念に基づいて美しい統一感を保っているところが、他に類例を見ないという。

彼の最後の質問で興味深かったのは、「NYSAISの認定を受けて良かったことは何か?」というものだった。すかさず答えたのが、前述の「ダブル・ステイタスの維持」であることは、言うまでもない。ニューヨーク学院は日本の高校とともにアメリカの高校としても正式認定されていることによって、学院生には日米双方の大学へ進む資格と権利が与えられている。もちろん、一貫教育校であるからには、卒業後に、まずは慶應義塾大学へ進むのが自然だろうし、それが魅力で入学した生徒も多いとは思うけれども、ニューヨーク学院であるからには、これまでにもたとえばコロンビア大学やジュリアード音楽院、それにニューヨーク大学へ現役入学した生徒も存在する。どちらを選ぶかは各人が育った言語文化環境によっても異なるから一概には勧められないが、しかし卒業後の道が原理的に日米双方に開かれていることは、強調しておきたい。仮に学院卒業時点で迷ったとしても、学院で培った経験が、日本の大学を卒業してからアメリカで大学院生活を送るきっかけになるかもしれず、その逆も真かもしれないのだから。

ところでウォッチョン氏の訪問中、一つ強烈に印象に残ったことがある。

今回のランチョンには、時間も限られているからということで、たまたまカフェテリアのシェフ長ハシムに、食べやすい日本式のタマゴサンドやカツサンドを出してくれるよう頼んだのだが、当のウォッチョン氏自身が、何と2018年にサブマリン・サンドイッチの研究書まで刊行している文化史家であるのが判明したのだ。同書 A Meal in One: Wilmington and the Submarine Sandwich (Cedar Tree Books, 2018)はデラウェア州の出版社から出ているせいか、なんとあのジョー・バイデンが推薦の辞を寄稿しているのにも驚く。第四十六代大統領になる前の寄稿ということになるか。早速、図書室に入れてもらうよう、頼んだ次第である。どうぞお楽しみに!

https://cedartreebooks.com/catalog/1-books/159-a-meal-in-one#top