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私の舞姫論「時代を越えて考える明治に生きるエリートの葛藤」
Posted 01/15/2018 11:29AM

祝 周知

 物語の登場人物、豊太郎に共感する女性、特に外国に生きる若者たちはいるのか?優等生として国から派遣され、無自覚なエリート意識と傲慢さから人々の嫉妬を買い、薄幸な美少女に対する同情心から、自分と大切な人を不幸にした、その様な人物である。なぜこの物語は、今でも愛され続け、学生の教材となりうるのだろうか?

 物語の背景には、明治維新後の急激な社会変化と西欧化の中に生きた、若きエリートの出世と自我への目覚め、江戸時代の封建的な価値観に支配された社会での自我との葛藤、そして、弱い自分を後悔する姿を、国や家を言い訳に後押しする強い友人の存在から、明治の時代性が強く表現されている。激しく変化する社会環境の中で懸命に生きている人間の弱さや決断への後悔など、現代にも通じる普遍性が、今でも時代を越えて読まれる理由である。

 豊太郎は非常に真面目で、周りの期待を一身に背負い、社会に出て行く。謙虚な気持ちで封建的な価値観が残る地方から東京へ、また一度の失敗も無く実績を積み上げ、国費でベルリンへと移住する。見えないエリート意識と傲慢さが豊太郎の心に芽生える。それは周囲の人々との親交の薄さや、薄幸なエリスへの無自覚な「上から目線」から感じられる。また、江戸時代から一気に西欧文化の中に飛び込み、若者の高揚感と向上心が溢れ出る豊太郎の様子は、私達にも共感できる部分だろう。しかし、あまりに挫折や苦悩を知らずに来た豊太郎は、弱さと優しさから、少し調子に乗り過ぎたのだろう。結局は自分が下した決断に覚悟が伴っていなかったのである。 

 ここで登場する圧倒的に強い覚悟を持っている友人が、自分を育てて来た既存の価値観、つまり母であり、家であり、国家に代わって、豊太郎を元の世界に戻す役割を担っている。豊太郎に違う決断をして欲しいのが現代人としての考えだが、彼は自分の弱さを、この友人を言い訳にして、克服することは出来なかった。ここが明治という時代性である。当時の人々はこの若いエリートの苦悩に、一種の安心感や、時代に翻弄される自分達にも置き換えて親近感を抱いたはずだ。

 この物語は、明治時代の物でありながら、現代の日本人にもやはり通じている。今の時代も明治と変わらないくらい、世の中が急激に変化している。時代は違っても本質的な人間の弱さ、周りの環境がいかに個人の価値観をも歪めてしまうのか、自分の決断を、覚悟を持って、しかし謙虚な気持ちを保ち続けることがいかに大事か、今の私達にも問うているようである。国や時勢が変わっても、周りの人への愛だけは決して変わらない自分でありたいと、この本を読んで改めて想いが強くなった。

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