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日本のグローバル化を図る教育とは
Posted 03/17/2018 10:32AM

前川 活

   世界各国がお互いに色々な関わりを持つようになり、よりグローバリズムの重要性が提唱され続けているこの現代世界において、他国と渡り合っていけるような人材を育てる事は、国としての課題である。世界各国のエリート達とビジネスの場において、同等に議論を交わし、自分の意見を主張し、交渉するには、まず、そのコミュニケーションに必要となる英語という言語を、身につけなければならない。英語は世界共通語であり、日本のグローバル化を目指すのならば、たとえ日本の人材がどこへ行こうと、必要なスキルになってくる。

 その影響で、今日本では、子供達への早期英語教育が、日本が国際社会において競争力を維持するために必要なグローバル人材の育成に直結するものだと考えられている。しかし、日本のグローバル人材問題は、単なる英語力の問題ではない。今の日本人に欠けている能力、それは言語ではなく、中身のコミュニケーション能力である。英語を喋れる日本人はいないわけではない。だが英語であろうが日本語であろうが、議論を交わし、交渉し、説得させる中身のコミュニケーション能力を持っている者は、非常に少ない。まず日本はコミュニケーションにおける器である言語を育てるのでなく、その中身、実際に自分の意見を伝え、対等に議論を交わせる能力がある人材を育成していく必要がある。

 日本の教育というのは、試験で正解を出すために受ける。授業で習った事を板書し、それを覚えさせられ、覚えたかどうかを確認するためにテストが行われる。こういった形式の授業がほとんどである。がしかし、これでは子供達は何も学べない。テスト前になれば必死になってテスト範囲を暗記して、テストが終わればそれを忘れる。このような教育の仕方ではグローバル人材の育成などできない。そしてもし早期英語教育の導入によって、英語を流暢に話せる日本人を育成できたからといって、ただちにグローバル人材問題が完全に解決されるわけではないのだ。だからこそ、早期英語教育は今の日本には間違っている。早期英語教育は決してグローバル人材育成の答えではなくて、生徒たちにとっては、嫌々テスト前に暗記しなければいけない科目が一つ増えるだけである。そして、英語教育を、今までよりもさらに早期の段階で始めることによって、他の大事な教科などがおろそかになってしまうかもしれない。英語を学ぶために国語や日本の社会科がおろそかになってしまっては、それこそ中途半端な人間が出来上がってしまう。今の日本には早期英語教育だけではなく、もっと根本的な考え方やコミュニケーション能力を養えるような教育を施していかなければならないのだ。

   今の日本の教育面での課題がグローバル人材の育成であるならば、それに早期英語教育は直結しない。直結すべきは、国語などの授業で、ディベートやプレゼンテーションといったコミュニケーション能力や思考力を発達させるような教育法、であると思われる。

 

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