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14 明日の星模様
Posted 03/23/2018 06:51PM

「ねえ~、聞いてんの。」

 そう声をかけてきて、寝転がって眺めていた空を遮るように私の顔を覗き込んでくるのは、Y。彼女は成績が悪い割に冴えていて、可愛らしいのに面倒くさいほどお節介だ。こうやって私の上の空な様子に気が付いたかと思えば余計な推測をしてくる。こんな風に高校生活の不変な毎日を彼女と過ごす。たぶんこの人とはいつまでも縁を切れないんだろうなと考える。

「まっ、いいや。ほらご飯だよ、はやくしないと購買ダッシュ乗りおくれる。」

 突然私が上の空である仮説を説くことを辞めれば、彼女の注目はすでに昼食にあった。はーいと空元気も甚だしいと思うも、私にとっては好都合なので返事をする。夏の兆しが見える空の下、体育をさぼっていたものだから、長い間肌にまとわりついた生暖かい空気から急に逃げたくなって購買に急ぐ。走りながら、すれ違う人達を見て、彼らの目に私はどう映っているのか、気になった。人が私に抱く印象といえばたぶん、サバサバしてるというくらいだろうか。彼氏なんていたこともなければ、モテもしない。
青春を象徴する「甘酸っぱい」なんて言葉は抽象的過ぎて、私の高校生活からは連想もできない。私の高校生活なんて、同じ毎日の繰り返しだ。

 これからの人生の方がよっぽど長いのに、すでに人生に飽きてしまっている自分が、今日という日に意味を見出したくてうずうずしている自分の中に共存している。
 なんというか、明日が怖い。怖いというより、まだ、もうしばらくは、社会という負の感情が取り巻く静かな海に放り出されたくないのだ。まだ私はどうやって船を操作するかも知らないし、帆の操り方さえ知らないのだ。そんな静かな海に放り出されてしまえば、右も左もわからず漂流するほかない気がするのだ。けれど、自分は多感な時期の真っただ中にいるのだから、こんな不安の一つや二つあったってあたりまえだ、と世の大人が私の青春を片付けるような慰めをしては、現実へ意識を戻す。

 食堂で向かいに座るY がまたお節介を始める。

「なんで今日あんたそんなぼーっとしてるの。ナリト君となんかあったの、聞いてあげようか」

 この人は同じ話を永遠とするのが好きなのだろうか。席に着けば、また今日も私のその人の話を始める。私のその人は、大学生。深い理由はない。二十歳の大学生のほうが大人な感じがして、なんとなくそうした。ナリトという名前にしたのも単純な思い付きで、20歳を意味した、「成人」を違う読み方にしただけなのだが、かえってそれに愛着がわくまでになった。毎日繰り返されるその物語に瞬時に続編を作るのも器用になったものだ。別に架空の恋人を煩わしく思ったことはないし、思いついたときに会えるのだから手間がかからなくて倦怠期なんてない、素晴らしい恋人だ。ただ一つ煩わしいのは、入学したてで友達を作るために彼氏がいるなんて嘘をついてしまったがために、この学校で恋愛なんて、できっこないということだ。

「だからー、昨日なんて、夜電話するって言っておいて、そのまま寝ちゃったんだって。大学生なんてたいして忙しくもないくせに、ほんとにいやになっちゃう。」

「なんだ、そんなこと。なんか相変わらずなんだね。別れないの?」

「んー、タイミング?別に今じゃなくてもいいかなって。だって電話をしようとしてくれる気はあるわけでしょう?愛されてるとは思うんだあ。」

「いいなあ、大学生。」

「なんで?」

「だってえ、大人で恰好よさそう。」

 やめておいたほうがいいよ、とアドバイスを残して私はカフェオレを買いに席を立つ。昼食をともに食べる恋人たちを横目に見ながらばかばかしいと思い、足早に過ぎる。Yに聞かせているあの茶番を終わらせるには、その人と別れたってことにするのが手っ取り早いのは知っているのに、なぜかこの話の展開を楽しみにしている私がいる。ナリトの話を続けるたびに、私はナリトと2人の世界へ飛ぶことが出来る。ナリトはもはや私の一部になりつつあって、ナリトみたいな人を見つけられるまでは、恋人も恋愛も必要ないとまで思ってしまうようになった。

 席に戻るなり今度はYが席を立つ。Yがあざといがゆえに、Yの行動にはすべて男の子が絡んでいるように思ってしまう。現に今だって最近かわいいと話すサッカー部の男の子狙いの行動だ。Yの男の趣味は様々だが、今回はわかる気がする。実際に、私好みにナリトを作り上げる時、無意識にこの子のことを思い出しているのだ。彼の白く透き通るような肌や、サッカーをしていると束になって跳ねる前髪、気だるそうにしているのにサッカーには熱心なところを、ナリトに組み込んでいる。あんな彼氏がいたら、それだけで誇れる女子高校生活だろう。

「ちょっと、君、列抜かしたでしょう。」

Yが言いがかりをつければ、始まる会話。

「僕だって焼きそばパンを食べるためにずいぶん前から並んでいるんだ。」

「君も焼きそばパン?競争率高いなあ。けど、私のほうが焼きそばパンを食べたいって思っているよ、絶対!」

あざといけれど、笑顔を含んだ耳に残るかわいらしい声。サッカー部のその子もまんざらでもないのだろう。

Yの声の方を向けば、限定の焼きそばパンを二つも持ってこちらへ帰ってくる。

「よくあんた2つも買えたね。あの子もそれ目当てで来てたんじゃないの。」

「これ二つともあげるよ、あの子にかわいく言い寄ったらすぐ譲ってくれちゃったよ。別におごられてもって感じはあるけどね。」

譲られた上におごってもらえるなんて、卑怯な女だ。けれど、そんな彼女だからナリト以外のことで嘘をつく気にはなれない。

 また授業に戻っても、東京の真ん中のここの教室からは広い校庭は見えないし、カーテンが揺れるような心地いい風は吹かない。先生の話を聞き流しながら、彼の人生をつまらなそうと思うことくらいしかすることを見つけられない私は、今もただ先生の言う言葉の端々に言いがかりをつけて、世の中楽しいことはないかと無責任な思考にのめりこんでゆく。

 ふと思いついて、カバンの中で揉まれてクシャっとなったノートの端くれに、今日サッカー部のあの子、カラオケ行くんだって、と書く。それを、席の離れたYまで回してもらう。そうなんだと言うように、きょとんとした表情を作り、机の下で小さくオーケーサインを出した彼女を確認して視線をノートに戻す。Yの気になる人だからとはいえ、やりすぎな気もするが、なんせ私には放課後することがない。他の友達みたいに放課後寄り道をするのは気が向かないし、かといってすぐさま家路につくのも何か違う。恋じゃなくていいから、少しくらい心臓が震えるような機会を日々に組み込みたくて、頭の中の想像が広がるのを感じる。

 最後の授業の終わりを知らせるチャイムを聞き終わる前に席を立ち、Yの元へと行く。
「今日サッカー部オフなんだって。で、5時にハチ公前に集まって、スクランブル交差点を渡ったところにサロンパスの大きな看板がついてるビルがあるじゃない?そこの向かいのビルの10階のカラオケに行くらしいの。だからさ、のぞいちゃおうよ」
「えっ?正気?あんたそういうキャラじゃないじゃん、好きな人のことなんでも知りたい、みたいな。どちらかといえば、それは私なのに」
「別に大したあれじゃないけど、今日その子が焼きそばパンをくれたの見て、Yが押せばこれはイケると思ったから。だからとりあえずタイミングを見てようよ」
「タイミング」
「そう。あのビルの屋上にある大きなサロンパスの看板のふもとまでたどり着けば、渋谷全体を見渡せるでしょう。そこからあの子がカラオケするのを覗いて、タイミングがいい時にYも行っちゃえばいいんだよ」

「え、私もいくの」
「うん」
「まあ、覗き見るっていう点では面白そうだから賛成」
「じゃあ決まり、五時までに計画しよう」

 空いた教室の一つの机を二人で囲む。全開になった窓から入り込む風が、窓際に座る私たちを焦らせるかのように、好奇心で火照った肌をなぞってくる。

「まずどうやってサロンパスのふもとまで辿りつくかだよね」
「あのビルの一階になにがあったっけ」
「本屋だよ、たしか大聖堂書店。私よく行くんだ」
「あ、さくらがバイトしているところじゃない。」
「そう。建物の裏の従業員専用出入り口からビルの中にさえ入れれば、あとは屋上まで登ればいいと思わない?」
「じゃあ今日準備しなくちゃならないのは、バイト着か」
「さくらにラインしてみてよ。バイトに興味あるから、って言って、どんな制服なのか写真送ってもらって考えよう」
「あとあれだ、双眼鏡。覗きの商売道具でしょ」

 こんなに簡単にうまくいくものなのだろうか。もしかしたら私たちの想像が及ばない範囲で、現実から逃げようとする私たちを陥れる、大人が作った罠があんぐりと口を開けて待ち受けているのではないかとも考えたが、Yとなら大人や社会からだって逃げられるような、そんな気がした。向かいに座るYに目を向けると、私と同じ一連の思考を終えたかのようなすっきりとした顔で、口にだけ笑みを含んで、眉毛をあげた。私たちが今から何をしようと、学校にも社会にも明日はやってくる。もう夏はすぐそこまで来ていて、やっと顔を見せたその夏の気配が私たちを昼間の屋外へ連れ出す。

 待っていたLineの着信音がY の携帯から鳴る。

「さくらが写真送ってくれたよ。無地の青いエプロンだ、胸に手書きの名札をつけてる」

「無地なら好都合じゃん。そこらへんでそろえられるね」

 それからすぐ学校を後にし、青いエプロンと双眼鏡を買った。用が済んだので、スクランブル交差点を渡って大聖堂書店のすぐ隣にある西村フルーツパーラーで時間を潰す。Yはグレープフルーツのゼリーを、私は期間限定のイチゴパフェを食べる。いつもなら特別な日にしか来ないこの場所が、私たちにいつもとは違う感覚を与え、ご褒美であるはずのイチゴパフェの味をかき消す。緊張からか楽しみからか高鳴る心臓を必要以上に感じ取ってしまうのは、私だけではなくてYも同じでありますようにと思った。

 準備をするために順番に店のトイレに入る。少し窮屈ではあるが、きれいで人気のないトイレなので、次があったとしたら、またここにしようなんて思いながら、大聖堂書店と書かれたエプロンに制服のシャツの上から袖を通し、その上からブレザーを着る。
 私の名前が書かれただけの簡単な名札を左胸につけて、一通りの準備が揃う。

「いきますか」

 ふっと小さく息をついて、個室を出る。会計を済ませて外に出ると、信号が青に変わったスクランブル交差点を渡る人の群衆が全員私たちに向かっているように思えて、立ちくらみがした。大聖堂書店と西村フルーツの建物の間に入り、ブレザーを脱ぎ小さくしてカバンに入れる。教科書なんて入ってない私のカバンはそれでもスペースがあった。大聖堂書店の建物の裏にある従業員専用出入り口の前まで行くと、案の定、警備の人がいた。胸元に付けた名札に手を添え、あたかも大聖堂書店のバイトの5時のシフト交代です、という顔をして建物の中に入れてもらう。
「お嬢ちゃんたち、今日もお疲れ様」
振り向きもせず、ありがとうございますとだけ言って細い通路を奥へと進む。第一関門クリア。

 大聖堂書店の控室を通り過ぎ、それより先は電気のついてない薄暗い廊下をなおも進む。裏口より先は普段は誰も通らない場所で、私たちが一列になって一歩進むごとに目には見えない埃が舞う。突き当たったところを右に曲がると、いつもは広告張り替え業者や清掃業者の人しか使わない螺旋階段が、私たちをよそよそしい顔で出迎える。 錆びた鉄製の一段一段を、滑り止めの突起を足裏に感じながら登っていく。登った先にある異世界を求めて無意識に私の足取りは早くなる。この匂いや、どこか懐かしくなるようなこの薄暗さが、私を知らないどこかへ連れていく。長い螺旋階段を登った先に現れる重い扉の古臭いドアノブに手をかけた瞬間、時間が止まってしまうような怖さを覚えて急いで軋むドアを押す。

 開いたドアから差し込む、初めて見る光の色に思わず足を止め、目を細める。渋谷で1番空に近いここからは、こんなに大都会であるのに、太陽を見上げればその視界を遮るものは何もなかった。私の身長の三倍はあるであろう、鮮やかな緑地に白いブロック体でサロンパスと書かれたその看板は、見渡す限りに無数に目に入るどの看板よりも堂々としていた。その看板に反射して虹色となった光は次の行き場を探して私たちを照らす。

「すっご。なにこの景色。」

「こんなの初めて。」

言葉を失ったYの方を向いた時、背景に横になって動くものが目に入る。

「だれ、僕昼寝してたのに。」

 おもむろに起き上がって頬杖をついた彼を見た瞬間、自分の体のすべての血が一度、大きくドンと波打ったのを感じた。彼の透き通るような白い肌にかかる、束になった前髪。風が吹いて、その前髪がめくれた時にだけ見える黒くて丸い目。気だるそうに話す言葉の最後につく、甘ったれた口調。彼が私の前に現れた時、これは見つけてしまったと思った。この現実世界に、ナリトを見つけてしまった。私が知っているナリトはこの人で、この人に会うために今までを駆け抜けたことが納得できた。

「わっ、びっくりした。こんなところでなにしてるのよ。」
ひどく驚いた様子で、Yが少年に聞く。

「ここから星が見える日が来るのを待っているんだ。」

「こんなところから星なんて見える?」


 違う。私が聞きたいのはそんなことではないのだが、彼に直面した今、なにから始めればいいのか、完全にわからなくなってしまった。彼は頭を掻いて私の質問の答えを探すように目を泳がせた。それをみて私も焦って、キョロキョロと目につくものを探したあと、最終的に自分の手のひらに目線を落ち着かせた。続けて彼が星の話について、なにかを語り始めたが、彼が発する言葉は私の耳には止まらず、ただ私の注意は言葉を紡ぐ彼の唇にあった。彼の話にそれ以上興味がなくなり、双眼鏡をもって柵から身を乗り出すYを横目に捉えて、少年のもとに近づく。

「星、いつになったら見える?」

「ここからじゃ夜になっても見えないよ、僕は毎日来てるから知ってるんだ。」

「見方がいけないのよ。見えないものを見える方法、私なら知ってるよ。」
思いつきで咄嗟に口にした嘘に、しまったと思うも、それを聞いて彼の目の色が途端に変わったのをみて安堵した。

Yが向かいのビルを指差して訴えてきた。
「あの子がきた!」

「彼の飲み物を注意して見てな。残りが四分の一くらいになったら、Yもカラオケに行って、あの子が飲み物をおかわりするところと鉢合わせるの。どう?」

「あんた天才。」

段々と薄暗くなって、ネオンが強調されていく街の屋上から、3人でカラオケボックスを見つめた。街の輝きがより一層濃くなったくらいに、Yは駆け足で向かいのビルへと向かって行った。

「それじゃあ、また明日。どうだったか報告するからさ!」

Yが開けた扉が閉まる乾いた音と、少年の低い声が重なった。

「なんて?」

「友達想いなんだね、君」

一瞬聞き間違いにも思えたが、私の脳が都合のいい方を選んだことにより、少年が放った言葉を素直に飲み込む。少年は柵にもたれかかるのをやめて、元いた場所に戻って、また仰向けに寝転んだ。私も星を見つけるために、彼と同じように地面に寝転ぶ。

「その、見えない星が見える方法って」

「それは、まだ会って間もない少年君には教えられないなあ」

「じゃあ明日また来る?」

「その次の日も、君が星を見つけるまではずっと来てあげてもいいよ」

会話の奥に隠した少年との約束に、未来を重ねる。

いつからか、ビルの螺旋階段には埃がつもらなくなり、渋谷の空には満天の星空が広がるようになった。

 

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