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21 現代版浦島太郎
Posted 03/23/2018 07:53PM

 舞台は湘南。4人組有名レゲエグループのユニット名の一部にもなり、ギャルやチャラ男など、パリピにとっては馴染みの深い場所である。そんな輝かんばかりの場に、浦島花子は一人で来ていた。というのも、大学デビューを図るもなかなか彼氏ができず、花子は焦っていたのだ。仲間だと信じていた中学以来の親友にさえつい先日先を越されてしまった。せっかく季節は夏である。残り短い十代を無駄にしていたくはない。というわけで、ナンパの聖地ともいえる湘南を訪れたのだが、彼女にはもう一つ焦っている理由があった。

 先日の飲み会での出来事である。若干のアウェイ感を無視して、なんとか顔を出したサークルの飲み会。普段あまり話すことのない、かっこよくて密かに想いを寄せていた先輩Kが何気ない調子で言ったのだ…

 

「お酒、いらない?」

 缶チューハイを片手に持った男が話しかけてきて、花子は回想から現実へひき戻された。しかし、よく見てみればイケメンである。湘南らしからぬ爽やかなその男は、今時らしく襟足が短く刈られ、程よく筋肉がついた体にはボーダーが入った水着がよく似合っている。よしっ、釣れた!!花子はほくそ笑んだ。このためにわざわざバイト代を切り崩し、GRAMOROUSのクロスデザインを施したビキニを買ってきたのだ。

「超可愛いね。一人で来てるの?」

ナンパの典型文であろうと、照れるものは照れる。可愛いという言葉に顔を少し赤らめながら、いかにもナンパ慣れしている体を装って缶チューハイを受け取った。男の目を見つめながら、軽く微笑むのも忘れない。事前に「ナンパ うまい返し」とグーグルで片端から調べてきた花子に死角はなかった。

「ありがとう。ちょうど暇してたの。」

夏の暑さにうかされたせいか、はたまた海に反射したキラキラ光る日差しのせいか、花子はこれまで以上に大胆になっていた。そこからは本当に一瞬だった。連絡先を聞かれるかと思えば、それよりも先に、一番近くのホテルへつれて行かれたのだった。

 

「処女って重くね?俺はむり。」

 そう言い放ったKの横顔が蘇ってくる。これまで彼氏の一人もいなかった花子は、もちろん処女である。そんなことわざわざ誰にも言っていないから、Kだって悪気はなかったのだろう。しかし、ちょうどコンプレックスの核心をついたその発言に、花子はショックを隠しきれなかった。___それ以来、サークルには顔を出せていない。と言っても、場違いな花子がいなくなったところでKはおろか、誰も気に留めていないかもしれない。しかし、男を経験し、処女を捨てればきっとKのいる華やかなあの場所に見合う女になれる、と花子は信じていた。

 目の前には、先ほど出会ったばかりの名前も知らない男が裸で寝ている。と言っても出会った時から水着だったので、露出範囲は大して変わらない。それでもいつもと違うというだけで、花子にとっては天と地ほどの差に感じられた。

「そういえば、名前なんていうの?」

 男は行為が終わり次第横になり、自分に全く興味を示さない。不安になった花子はとっさに声をかけた。男は少し目を開けるとこちらを見たが、やはり興味がないのかまたすぐに目を閉じた。花子はかすかに痛む下腹部に手を当てながら泣きそうになった。果たして自分の行動に意味はあったのか。Kに見合う女になるため、男を釣り利用するつもりだった。しかし、今の状況はむしろその逆ではないか。

「亀木」

それだけ答えると男は下着を探して床をまさぐり始めた。もう着替えてしまうのか。引き止めようと体を起こした花子に、男は冷たい目で返した。

「お前さ、処女なんて聞いてないんだけど。これが目的だっただけだから、勘違いして責任とれとか言うな。」

ホテルは前払いで、2時間分の料金をすでに払っている。着替えを済ませた男が部屋を出て行った後、花子は一人でシャワーを浴び、退出10分前の電話を聞かずに部屋を後にした。出会ってから2時間も経たないうちに、花子の初体験は終わりを告げたのだった。

 

 夏が終わっても相変わらず花子に彼氏はいなかった。サークルに顔を出せない普段通りの日常が花子に帰ってきたのだ。しかし、夏のあの日を界に、花子は彼氏が欲しいと思わなくなっていた。むしろあの日以来、男を避けるようになっていたのだ。

 

ピロン

 大学へ行くいつも通りの朝、人気(ひとけ)の少ない池ノ上駅で、少し大きめの着信音が響いた。ふと周りを見回すと、後ろに立っていた長髪の男が携帯をいじっている。向こうもこちらの視線に気がついたのか、目が合った。大学では見られない、カラーコンタクトを入れ化粧を施した男に思わず目を奪われていると、男が話しかけてきた。

「ごめんなさい、通知切るの忘れてて・・」

電車内というわけでもないのに、外見に反して律儀な男である。

「いえ、むしろごめんなさい。」

慌てて目を逸らしたが、これではわざわざ謝ってくれた男に対して失礼ではないか。花子は思い直して、再び目線を戻した。それに気がついた男は可笑しかったのか少し笑った。久しぶりの男性との会話である。花子の心拍数が少し上がったのがわかった。

 

 そもそも、池ノ上駅を早朝に利用する人は少ない。その日からお互いを見かけると話すようになり、自然に仲良くなっていった。連絡先の交換を申し出たのも、どちらが先だったのか思い出せない。兎にも角にも、花子はその長髪の男と個人的に会うまで親しくなっていった。その中で、彼の名前が姫路 碧乙(ひめじ あおと)ということ、ホストであるということを知った。身なりから職業は予想していたが、やはり目尻に引かれたアイラインと綺麗に描かれた眉が中性的な雰囲気を醸し出している。相手が男であるにもかかわらず、花子は美しいと思った。

  大学へ入る前は全く縁のなかった歌舞伎町は、想像していたよりずっと艶やかで、夜が深くなるほどコントラストが鮮やかになっていく。そこでもひときわ目立つ看板に、『竜宮城』と書かれていた。その看板の横には碧乙の写真が大きく飾られている。カチコチに緊張した体も、碧乙の写真を見ると少しほぐれた気がした。

「入らないの?」

 ドアの横では本物の碧乙がこちらを覗き込んでいた。相変わらず綺麗に染められた明るい髪が、ネオンの光に当てられ花子には眩しいほどだった。それを見ないようにして慌てて碧乙に続く。豪奢な照明の割に薄暗い部屋と、そこにひしめく碧乙に負けないほどの色とりどりの明るい髪色が目に入った。

 

「今日は初めてだし、三千円で2時間飲み放題だから。担当はおれでいいよね?」

知らないうちにどんどん話が進められて行く。心なしか、碧乙の機嫌もいいようだ。勧められるまま鏡月を頼み、奥の席に二人で座った。かと思えば、碧乙は呼ばれたのかすぐ席を立ってしまい、代わりに眼鏡をかけた黒髪のホストが横に座った。その後メガネのホストは何度か花子に話しかけたが、好みの男性のタイプとか、普段何してるのとか、話の中身は普通の合コンの席で交わされるものと別段変わらない。花子はいつものように堅く心をとざした。

  その後も次々にホストがやってきては去って行った。20分ぐらいおきに、かわるがわるホストが交代で横につく。花子はなんだか居心地が悪かった。楽しいのか楽しくないのかよくわからず、いつまでも心を開けない花子とホストの、我慢比べのような時間が続いた。いったい花子は何を期待してここまできたのか。普段夜を一緒に過ごせない碧乙が、ここに来ればずっと横にいてくれるとでも思っていたのか。花子は小さいころ母に読んでもらったおとぎ話、『浦島太郎』に出てくる竜宮城を思い出した。そこでは確か、色とりどりの魚たちがご馳走と踊りを披露してくれたはずだ。しかし、現実の竜宮城で見舞われるのは、色とりどりの男たちが運んでくるお酒と中身のない空虚な話題だけだった。

  ようやく長かった一時間が終わろうとしていた時、碧乙が現れて横に座った。

「どう?楽しんでる?」

無理してでも首を縦に振ろうとする花子に、碧乙は笑った。

「ねぇ、もしかしてホストに対して偏見とか持ってる?」

持っていないといえば嘘になる。そもそも花子はこれまで男に縁などなかったのだ。彼氏の一人もいたことがなかった花子にホストと関わったことなどあるはずもなく、世間一般的なイメージ程度の知識しか持ち合わせていない。

「こっちきてよ」

ホストというのはまったく不思議な生き物だ。その薄暗く、賑やかな空間で、かすかに届く相手の瞳と声が、酔って混乱した花子の頭にストレートに届いてくる。

「確かに、俺は花子みたいに大学とか行ってないし、本当なら出会わないはずだったかもしれない。でも、朝二人で話していた時間が、疲れた俺の心を癒してくれてたんだ。」

酔いのせいか、碧乙の瞳が少しばかり濡れている。

「………どうかな。これからは、朝だけじゃなくて……夜も会いたいんだけど。」

 夜も会いたいという言葉に、花子の胸はときめく。朝憂鬱な大学へ向かうまでの短い時間に、花子こそ碧乙から元気をもらっていた。そしてそれが、いつからか恋愛感情に変わっていったことに、花子自身も気がつきはじめていた。碧乙もそれを感じ取ったようである。碧乙の左手が、花子の右手に絡められた。

「本当はいつも、5万は使わないと席につかないんだけど。花子だけ特別に、2万でいいよ。」

 2万ならなんとか出せる値段である。いや、碧乙と過ごせるなら安いくらいかもしれない。だってこんなに煌びやかで、妖艶で・・・。お酒の心地よさと、店内のうすぐらさ、そしてカラーコンタクトに縁取られた瞳に気を取られ、気が付いたら花子は首を縦に振っていた。

 

 おかしい。

 もう一度通帳を確認してみた。やはりおかしい。毎月親から送られてくるはずの仕送りが、ここ3ヶ月ほどきていない。碧乙と過ごして、春が過ぎ、夏が過ぎ、冬も過ぎ、そしてまた次の春が来た。大学へは行かず、家と竜宮城を行き来する日々だった。竜宮城では碧乙とたくさんのお酒を飲んだ。色とりどりの髪をした男たちも、日が経つうちに打ち解けてきた。デートらしいデートはしていなかったが、時にはアフターでセックスをしたりもした。そこに愛があると信じていた。一年で碧乙に使ったお金は計り知れない。仕送りと一緒に送られてきた学費、そして貯めていたバイト代をつぎ込んだ。しかし、必死にためたバイト代は当に尽き、親から送られてくるはずの仕送りすら来ていない。このままではこれ以上竜宮城で遊べない。碧乙と一緒にいることができない。

「俺の知らないところで、他の男と連絡を取ったりするなよ?」

 一度実家へ帰ることを告げた花子に、碧乙は念を押すように言った。花子の心は温かくなる。これまで男に縁のなかった花子にはありえない話だったが、それを知っていてもなお心配してくる碧乙に愛おしさすら覚える。それと同時に、絶対にお金を確保しなければならない、と花子は決意を固くした。まずは実家へ帰り、なんとしてでも仕送りを再開してもらうのだ。

 

 そう意気込んで帰って来た実家では、着くなり、父に殴られた。どうやら大学に通っていなかったことが留年が決定したタイミングで伝わったらしい。

「大学へも行かないで、なにしてたの!」

 泣き崩れた母に聞かれても、何も答えられない。そもそも大学なんて忘れていたのだ。竜宮城へ通うようになり、朝起きることが難しくなった。最初は抵抗もあったが、以前は人の多かった講義も二学期に入り受講する学生がどんどん減り、真面目に行く意味を見いだせなくなった。そもそも、碧乙と一緒にいる方が楽しいのである。何も答えずただうなだれる私に、父は何も言わなかった。代わりに母が口を開く。

「うちに帰ってらっしゃい。大学も遠いかもしれないけど通える距離でしょう。そうでないなら、うちから出て行きなさい。」

 お金の問題以上にそれは重大な問題だった。実家に戻れば、碧乙のもとへ通うことは許されないだろう。碧乙のためのお金を確保しようと実家を訪れた花子にとって、それでは本末転倒だった。ここ数年は見ていない母の泣き顔も、私には甘い父のゲンコツも、花子に響くことはなかった。

 

「今までありがとう」

 そう言い残し、花子は家を後にした。

  こうなったら最後に頼れるのは友人である。幸いなことに、花子は裕福な家庭の子息が通うことで有名な都内の私立大学に通っていた。学生といえどお金に余裕のある友人がいるはずだ。公園のベンチに座りながらiPhoneを取り出す。1年ほど前に大学合格祝いとして母に買ってもらったそれも、今では画面にひびがはいっていた。先日発表されたばかりの最新機種にジェラスを感じながら、数少ない友人に次から次へとメッセージを送信する。

「久しぶり!突然で本当に申し訳ないんだけど、一万円だけ借りることってできないかな??」

しかし、待てど誰からも返信は返ってこない。ツイッターやFacebookなどのSNSも、友人が多くないことを自覚していたため登録していなかった。幼少以来内気だった花子は、大学では無理してでも華やかな人たちと関わろうとしていた。しかし、向こうはこちらを友人とは認識していなかったらしい。己の不甲斐なさに目頭が熱くなったが、そうもしていられないと再びLINEを開いた。今度は、大して話したこともないサークルで知り合った人たちにも同じメッセージを送ることにした。その中にはKもいた。一瞬碧乙との約束が頭をよぎったが、今回に限っては致し方ない。こうでもしないと、また碧乙のもとへいけないのだ。

時計の針が深夜を回る頃、花子は家へ帰り絶望していた。

「花子ちゃん、ホスト通ってるんでしょ。大学で噂になってるよ。」

 Kからの返信で、花子のメッセージに誰も返信をしない理由がわかった。親から縁を切られただけでなく、碧乙との約束を破って友人に連絡をしてしまったせいか、ホス狂いがバレてしまったのだ。数少ない友人だと思っていた人たちは、花子と連絡を取ることを拒否し、数人にはブロックをされた。さらに、当初の目的だったお金すら確保できていない。花子には何もなかった。

 

「花子」

名前を呼ぶ碧乙の姿が頭をよぎる。花子にとって彼が最後の希望のように感じられた。これ以上何も失いたくない。碧乙との生活だけは、何が何でも守ってみせる…

 

 歌舞伎町を歩く花子は、竜宮城での日々を思い出しながら思った。竜宮城にいる人々はいろいろなものを失ってしまう。ある人にとってはお金、ある人にとっては友人、ある人にとっては時間。。そして、花子はすべてを失った。しかし、花子はそれに対して悲観していない。代わりに得たものがある。それは、碧乙との愛であった。3年前、親に縁を切られ友人も失い、花子は絶望の淵にいた。お金もなく、碧乙のもとに訪れることもできないまま、あてもなく歌舞伎町を彷徨った。夜、一歩外へ出てしまえば世界は眠っている。しかし、歌舞伎町だけはいつまでも煌々と花子を照らし続けた。花子は、今歌舞伎町をでてしまえば消えてしまうような気がした。碧乙にも、それこそ何十年という間会えなくなってしまう。そんなことを考えながらとうとう道端に座り込んでしまった花子に、見知らぬ男が声をかけてきた。

「お姉さん、夜のお仕事興味ない?」

今彼女は、歌舞伎町にあるソープで、亜鶴(あず)として働いている。元から真面目だった花子は、その初々しさを買われ、今では歌舞伎町きっての人気嬢である。花子はそこで稼いだお金すべてを碧乙へ注ぎ込んだ。

「花子、愛してるよ。結婚しようね。」

今では花子の本名を知るものはほとんどいない。それでも花子は良かった。碧乙ただ一人が花子のことさえ知ってくれていれば、そして永遠の愛を誓ってくれさえいれば。花子は碧乙と夫婦になることを夢見て、今日も亜鶴として歌舞伎町へ出勤するのだった。

 

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