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16 三匹の子豚
Posted 03/23/2018 07:22PM

 人生は不公平だ。努力なんて実らない。人一倍努力している俺が言うのも変だが、結局努力では才能に勝つことはできない。例えば学生の頃、テニスをしていたが、どんなに努力をしても兄の鉄平を越えることはできなかった。別に鉄平が全く努力していなかったわけではないが、自分は彼の2倍は自主練していた自身がある。そんなことは関係なくて、鉄平にはテニスプレイヤーとしての素質があった。俺にはそれがなかっただけである。

 鉄平のテニスが地元で一目置かれるようになった頃、一番上の兄、勝也はテニスをやめた。入学当初、その整った顔立ちや運動神経の良さから「テニスの王子様」と呼ばれていたりしたが、弟の鉄平に抜かされてからつまらなくなり、投げ出したのだ。勝也はいつもそうだ。それでも顔がかっこいいと言う理由だけで許されてしまう。俺たち三人と母さんを置いて他の女とトンズラした、あのクソ親父と似てしまったのだろうか。俺はそんな勝也のことが正直苦手である。

 俺自身はどちらかと言うと母親似である。母は不器用で、それでいて優しすぎる人だった。女手一つで俺たち三人をしっかり育ててくれたことには感謝しているが、もう少し自分を大切にして欲しかった。母は末っ子の俺が20歳になったのを見届けると、その年の暮れに、ぽっくり死んでしまった。死因は過労だった。親孝行する暇さえなかった。

 俺は母親に似て不器用である。自分でも自覚はあるし、同じ量の仕事をこなすのにも、人の2倍時間がかかってしまうのだ。これに加えて俺はとんでもなくブサイクなのである。毎朝鏡を見るたびに、自分と兄二人の血が繋がっていることを疑うほどだ。腫れぼったい一重まぶたに垂れ下がった頬。無駄に大きい鼻が変に歪んでつり上がっているせいか、高校の頃につけられたあだ名は「ぶぅちゃん」だった。

 そんな俺を拾ってくれた女性が一人だけいた。大学4年の時に出会った女の子だった。人生で女性に優しくされたことがなかった俺は、すぐに彼女の虜になった。正直あの時の俺はバカだった。付き合ってるのに手さえ繋がせてくれないのを怪しむべきだった。六ヶ月の記念日にプレゼントをせがまれ、奮発し純金のネックレスを買ってあげたら、翌日突然別れを告げられ、それ以来音信不通になってしまった。俺は騙されていたのだ。もともと異性と話すのが得意だったわけではないが、この一件以来、俺は女性と普通に会話することができなくなってしまった。もちろんそれ以前に彼女がいたわけもなく、26になっても童貞を卒業できずにいる。

 女性関係といえば上の兄二人は活発すぎるくらいである。勝也は毎晩のように違う女を部屋に連れ込んでいるし、鉄平は高校の頃テニス部のマネージャーだった女の子と未だにラブラブで、今年で付き合い始めて10年になる。

「いつになったら結婚するの。」

と聞くと、

「俺がプロ入りを果たしたらプロポーズする。」

と言っている。彼は今年で28歳で、そろそろプロを目指すのは諦めたほうがいいと思うのだが、「うるせぇブス、てめえは黙って家賃払っとけ」とでも言われそうなので黙っておく。

 そう、俺はうちの唯一の稼ぎ手で、勝也も鉄平も定職についていない。だから俺が家賃も食費も全額負担している。こんなに尽くしてあげているのだから、少しましな扱いをしてもらってもいい気がするが、二人の兄は出来損ないでブサイクな弟のことを常に見下している。たぶんそれは一生変わることはないだろう。時々追い出してしまおうかと考えるのだが、兄達が出て行くとと、本当に一人ぼっちになってしまうので、孤独を恐れている俺は、行動を起こせずにいる。

 では、まだ社会人になりたてほやほやの俺がどうして三人分の食費と一軒家の家賃を支払えているかと言うと、母親が残してくれた貯金があるのと、俺が名の知れた企業に就職することができたからである。

 就職の件に関しては、本当に運が良かったと思う。当時俺は就職活動にかなり苦労していて、沢山の面接を受けて落ちた。この不細工な顔のせいで、人にいい第一印象を与えることができないのだ。また、自分の強みとして努力できることをアピールすると、毎回、実際に努力が結果として実ったことの例を聞かれてしまうのだ。もちろんそんな経験はないため、俺は黙り込んでしまう。そんなのアピールポイントを変えてしまえばいいと思われるかも知れないが、俺には他にこれだと言える特技が全くないのだ。

 現在就職している会社の面接の時も、同じ状況に陥ってしまった。それに加えて、相手の面接官は顔立ちの整った、目力の強い女性で、俺は絶体絶命、ピンチの状況に立たされていた。黙り込んでしまった後、俺は全てを投げ出して、面接室から逃げ出したい衝動に駆られた。そんな時、面接官は口を開いた。

「結果は出なくても、努力を続けるという、あなたの姿勢、素晴らしいと思います。」

そこからはあまり覚えていない。面接官の優しいフォローに助けられた俺は、口を突いた言葉をそのまま吐き出した。

「そうなんです。俺は結果が出なくても、努力を続けるような人間なんです。もし御社でお仕事する機会をいただければ、コツコツ仕事をこなし、成功をもたらすことを約束します。」

 面接が終わったあとは頭の中が空っぽだった。今回もダメだったかな、なんて考えながら、コンビニで夕食を買って帰ったのを覚えている。

 入社してから3年になるが、どうして会社に採用してもらったのか、未だにわからず通勤している。俺を救ってくれたあの女性は今、何をしているのだろうか、なんて考えながら満員電車に揺られる毎日である。いざ働き始めたら、自分の新しい才能を見つけることができた、なんてことはなく、同期の中ではどちらかといったら仕事のできない部類である。

 同じく仕事ができない仲間に、あざとい仕草の多い、林という女性社員がいるが、彼女がミスを犯しても、すぐに許される。俺が同じミスを犯したところで、何か咎められるわけではないが、いつも周りから冷たい視線を感じる。彼らが考えていることは大体わかる。「あいつ、ブスのくせに仕事もできねーのかよ。」とかそんな感じだろう。

 そしてとうとう、俺はやらかしてしまった。俺と林が任された仕事で、顧客に見せるためのデータがあったが、それを紛失してしまったのだ。データを最後に持っていたのは林だったが、コピーを取っていなかった俺にも非があると思い、林と一緒に上司に謝りにいった。その結果、後日、俺だけが異動となった。将来の昇進への道が絶たれたわけではなかったが、給料は元の部署よりも安くなった。

 異動当日、世の中の不平等さにやるせなさと憤りを感じながら荷物を片付け、新しい部署へ向かうと、聞き覚えのある声に話しかけられた。「もう会社での仕事には慣れた?」厳しさを感じさせるが、実は優しさを帯びているその声の主は、あの時の面接官だった。「えっと、あの…」

「ここがあなたの新しい部署よ。ようこそ。私は部長の白木よ。」

「あ、はい、よろしくお願いします。新しくこちらの部署にて勤務することになりました、越谷と申します。」

「私のこと覚えてる?」

「はい、覚えてます…」

なぜかまた面接の時のように緊張して、語尾を言う時声が小さくなってしまった。そんな俺の弱々しい応答に彼女は「そう。」とだけ答え、その日はそれ以降一度も話しかけてこなかった。

 しかし、翌日からもちょくちょく業務内容に関係あることもないことも、話しかけられるようになった。俺は異性と会話することが苦手だったが、面接の一件から白木さんのことは恩人だと思っていたから、彼女と話すことを苦と感じたことはなかった。常識的に考えれば、上司が部下に話しかけることなんて当たり前だが、普段から女性に話しかけられることが全くない俺に取ってはとても新鮮なことだった。

 そんなある日、白木さんは苦笑しながら俺にある質問を投げかけてきた。

「越谷くんって、どうしてそんなに私と話す時声が小さくなるの?この前石川くんとは普通に話せてたけど、私ってそんなに怖い?」

「い、いや、そう言うわけではないんですが、もともと女性と話すのが苦手でして、実は…」

と結局聞かれてもいないのに嫌な話を掘り返してしまったわけである。この話を聞いて白木さんはしばらく黙り込んでいたが、

「私も似たようなもんよ…」

とボソッと聞こえないくらい小さな声で言った。

「白木さんも恋愛詐欺にあったことがあるんですか?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど…あ、そうだ、越谷くん、今日の夜私とデートしない?」

「え、俺と?どうしてですか?」

「おしゃれな居酒屋見つけたからさ、行こうよ」

「お、俺なんかとデートに行って白木さんになんの得があるんですか?」

なんて言いながら俺はもう胸の鼓動が止まらなくなっていた。

 もちろんその日一日、仕事に集中することなんてできるわけもなく、時間が進むのがいつもの数倍も遅く感じた。定時になると同時に、俺は白木さんに引っ張られるような形でおとなしい雰囲気の居酒屋に連れて行かれた。席に着くと同時に、白木さんは俺に言った。

「12時になるまで私が何と言ってもこの居酒屋から出さないで」

 そこからしばらくたわいない話をしていたが、時間が10時を回る頃になると彼女は急にそわそわし始め、なんども壁にかかっている時計で時間を確認するようになった。

「ねえ、私、やっぱり行ってもいい?ごめん、もう帰るね」

そう言って彼女は立ち上がろうとした。俺は反射で彼女の手を掴んでしまった。

「白木さん、それはダメです。俺は白木さんに止めるように言われたので12時までどこにも行かせられません」

「離して」

「できません。座ってください。俺に事情を説明してください」

 お酒が少し回ってきたせいか、俺は普段より強気に出ることができた。白木さんは力なく椅子に座ると、震える声で話し始めた。

「実は私、今日、ある男と会う約束があったの。でもその人には家庭があって、本当はいけないことをしてるってわかってるの。それでも会いたくなっちゃって。つらい」

 俺は普段バリバリ仕事ができて、かっこいい白木さんが泣いていることにも驚いたが、彼女が不倫をしていたということに戸惑いを隠せなかった。

「そういうことだったんですか」

「あーあ、どうして私、あんなろくでなしのことを好きになっちゃったんだろうね」

 そこから彼女は怒涛の勢いでお酒を飲み始め、12時になる頃にはグデングデンに酔っ払っていた。俺は彼女を家まで一緒にタクシーに乗って送った。白木さんはこじんまりとしたマンションの一室に住んでいた。俺はベッドに白木さんを寝かせ、何もせずに家に帰った。もし勝也が同じ状況に立たされていたら間違いなく襲っていただろう。でも俺には弱った女性に襲い掛かるような勇気はどこにもなかった。

 翌日、白木さんからお礼を言われ、彼女のことを下の名前、遥で呼ぶことを強要された。どうしてかを尋ねると、

「私たち一晩を共に過ごした仲でしょ?」

と笑いながら冗談を言った。その時は恥ずかしくて頷くことしかできなかったが、なぜかとても嬉しかった。

「隼人くんのおかげでなんか吹っ切れたわ。今度お礼にコーヒーでも奢らせて」

 その週の週末、遥さんは俺をおしゃれなカフェに連れて行ってくれた。香ばしいコーヒーを飲みながら、遥さんってコーヒー似合うなーなんてぼーっとしていたら、

「隼人くんは何か困ってることはないの?」

と聞かれた。

 実はイライラしていることがあった。前日の夜、仕事でヘトヘトになって帰ってくると、勝也が友達を三人家に呼んでいて、ゲームをしていたのだ、別にそれが初めて起きたことであった訳ではないが、四人の馬鹿騒ぎは夜中になっても止まず、結局俺は一睡もすることができなかったのだ。このことを遥さんに話すと、彼女は目を丸くした。

「あなたのお兄ちゃんって本当にデリカシーないのね」

「いや、多分今までずっとこうだったんで、これが普通だと思ってるんです」

「そうなんだ。私だったら絶対追い出しちゃうけどな」

でもそうすると一人ぼっちになっちゃうんで、と言いかけて、考えた。果たして俺は本当に一人ぼっちになるのだろうか、と。

 その日、家に帰ると、勝也が一人でゲラゲラ笑いながらバレエティを見ていた。俺は生唾を飲み込むと、話を切り出した。

「かつにい、ちょっと話があるんだけど」

「今面白い所だから後にしてくんね?」

カチンときた俺は、リモコンを拾ってテレビを消した。

「大事な話なんだけど。」

「何すんだよ、後にしろって言っただろ」

「かつにいはいつになったらこの家から出て行くの?」

「そんなのいつだっていいだろ、俺の勝手だ」

「だったら来月から自分の分の家賃払ってね」

「はぁ?何言ってんだよ。黙ってろ、ブス。

この時、俺の中で何かがプツンと切れた。

「お前もうこの家からでてけよ!弟にいつまでも飯食わしてもらって恥ずかしいと思わねえのかよ!もういい加減大人なんだから自立して生活しろ!」

「何キレちゃってんの。きっも、俺だって金さえあればこんな所とっととでて行くわ。勝也は驚きつつも、強い口調で反論してきた。

「金さえあればいいんだな」

俺はカバンから貯金を引いた後の給料袋を取り出し、勝也の目の前に叩きつけた。俺はそのまま自分の部屋に戻り、ふて寝してしまった。

 朝起きると、封筒に入ったお金は置かれたままで、その隣に置手紙があった。置手紙には「昨日は悪かった。長い間世話になった。ありがとう。勝也」と書かれていた。

 あれから鉄平はプロテニスプレイヤーになることを諦め、同時に長い間付き合っていた彼女と結婚した。そして、家から出て行った。彼は今まで培っていたテニスの技量と知識を活用できる、テニススクールのコーチとして働き始めたそうだ。勝也からはあれ以来、全く音沙汰がないが、周りからちやほやされるあいつのことだ、きっとどこかでうまくやっているに違いない。


 26年間握りしめていた童貞を捨てたあと、俺には一つ、気になることがあった。

「でもどうして俺なんかのこと好きになってくれたんですか?」

「うーん、よくわかんないけど、私よく友達にB専だって言われるんだよね。」

正直、「あなたの人柄に惚れた」なんて答えを期待していたが、今はそんなのどうだっていい。

 人生は不公平だ。でも、だからこそ生きがいがあるのかもしれない。


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