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「人と同じが正しいという日本人の象徴的性格」
Posted 02/13/2019 01:59PM

 

森鴎外は『舞姫』を通して、人間というものは弱い生き物であるということを訴えたかった。『舞姫』が描かれた明治時代も現代も、日本には「人と同じであることが正しい」という集団主義的な考えが根付いている。例えば電車の中で赤ん坊が泣くと、母親は慌てて静かにさせようとする。これは本当に赤ん坊に静かにして欲しいのではなく、あくまで「私はあなたたちと同じようにルールを理解しています」と周りの乗客に弁解しているのである。周りと同じように静かにしていなければ、軽蔑され恥をかく。そして子供が恥をかくと、それは親の問題だと、今度は親が軽蔑される。反対に、欧米の人々は個人主義である。アメリカの地下鉄には、周りに乗客がいるのにも関わらず大声で電話をしたり、大音量で音楽をかけている人がいる。彼らと比べて日本人は、周りと違うことをする勇気のない、臆病で弱い人間だ。こういった典型的な日本人像を、森鴎外は『舞姫』を通して描いた。

豊太郎は、幼い頃から首席で、周りからの信頼が厚く、官命を受けて伯林に留学し、常にエリートの道を辿って来た。しかしそれまで評価されていたのはあくまで彼の功績、すなわち彼の外側の部分であった。それは周りに褒めてもらいたい、認めてもらいたいという欲による功績だった。伯林に留学してから自我に目覚めた豊太郎は、本当の自分は優柔不断で臆病だと思い知った。次第に欧米の価値観に影響されてきた豊太郎は、官長にものを申すようになった。さらにエリスの存在によって、それまで確立されてきた地位を失い、豊太郎は初めて挫折を味わった。ある時、自分の名誉を復活させるか、伯林に止まって彼女のエリスと一生過ごすのか、という大きな決断を大臣に迫られた。相沢からも彼女を否定され、誰も交際を祝福してくれない現状に対して、豊太郎は嫌気がさしていた。なぜなら、自我に目覚める前の豊太郎は、周りに認めてもらうために功績を残していた。だから、誰も交際を認めてくれないことは、彼のプライドを傷つけることであった。加えて、周りの人々の反対を押し切って結婚する勇気を、豊太郎は持っていなかった。だから、大臣の言うがまま、日本への帰国が決定してしまった。ある土地に一定の期間住んで、そこの文化や価値観に馴染むことは人間として当然のことである。しかしそこで自我に目覚めたからといって、それまで自分を構成してきた性格は、すぐに変えられるものではない。つまり、欧米人の個人主義的な考えに影響されていたにも関わらず、彼の芯の部分はまだ日本人であったのである。

さらに、幼い頃から成績優秀な豊太郎を、彼の母親は誇りに思っていた。某省に務め始めてから母親も東京に移り、彼の仕事ぶりを一番近くで見守っていた。きっと伯林行きが決まったときも、彼のさらなる活躍を期待していたはずだ。だからこそ、渡独矢先に発覚した踊り子との恋愛は、心胆寒からしめる事態だった。国境を超えた恋愛がタブーとされていた時代に、女のせいで仕事を失い、それでもなお交際を続ける豊太郎は、典型的な日本人の性格の母親にとって、恥辱以外の何物でもなかった。子供の恥は親の恥。だからこそ母親は自殺したのである。

アダムとイブが誘惑に負けてリンゴを食べたように、豊太郎もその母も、弱い人間だった。異国の価値観に影響されても尚、結局は日本人に根付いている「協調性」によってを苦難を味わうという、日本人の象徴的な弱さを森鴎外は訴えているのではないだろうか。

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