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『わたしの舞姫論』
Posted 02/13/2019 02:03PM

 

「豊太郎は最低の男だ。」

この『舞姫』という作品を読んで、読者が持つ感想の大体はこれだろう。それもそのはず、この豊太郎という男は、留学先のベルリンで出会ったエリスという女性と恋仲になり、妊娠までさせてしまうのだが、自分のキャリアを優先したい彼は、体裁のために彼女を置き去りにして日本に帰ってきてしまうのである。作者の森鴎外は、この豊太郎というクズ男を通して、一体読者に何を伝えようとしたのだろうか。

物語の主人公太田豊太郎は、幼いころより父の厳しい英才教育を受け、父が死んだ後も自ら学問に励み、19歳という異例の若さで東京大学を首席で卒業する。豊太郎は、特にこれといった野心があったわけでもないが、周りから「神童だ」などともてはやされるのが嬉しくて、努力を続けていた。そしてそれは社会人になっても同じことだった。某省に入った後も、上官に出来がいいと褒められるのが嬉しくて、怠けずに身を粉にして働いた。こうして、自我もなくただただ世のため人のために働いた豊太郎は、自然といつしか受動的で機械的な人間になっていった。そしてそういう人間こそ、明治時代の日本で求められた人材だったのだ。

では鴎外は、当時の日本社会の風潮、つまり独自の思想を持たず、上司の命令をそつなくこなす人間を良しとする考えに賛同していたのだろうか。いや、むしろ逆だろう。彼は豊太郎という人物を通して、人として大切なことを読者に伝えるとともに、当時の日本社会に対し、批判的な姿勢を示していたのだと私は思う。

主人公の豊太郎には、人間的に二つの大きな欠陥があると私は考える。

一つは、彼の節操のなさである。明治時代の日本において、国際恋愛・国際結婚はとんでもないことだと見なされていたため、エリスと交際していた豊太郎は一度失脚してしまう。しかしその時海外視察を行っていた天方伯爵という大臣の目に留まり、エリスとの関係を絶ち、学問に集中するという条件で、もう一度立身出世のコースに戻るチャンスが与えられた。問題はこの時、豊太郎はよく考えるでもなく、「承知しました。」と即答してしまったことだ。愛する者をとるか、キャリアをとるか、豊太郎は言うなれば人生の大きな分岐点に立たされていたはずなのだが、大臣の進言に二つ返事で応じてしまったことは、彼の非情なまでの無節操さを物語っている。

そしてもう一つは、彼の不誠実さ、あるいは無責任さである。実は豊太郎は、大臣の進言以前に、友人の相沢からもエリスとの関係を絶つように言われ、無責任にも「そうする。」と約束してしまっていたのだ。豊太郎と、そして産まれてくる子供と暮らす幸せな未来を信じるエリスには、当然打ち明けられるわけもなく、豊太郎はエリスを騙し続け、結局最後まで、本当のことを自分の口から切り出すことはなかった。そして結局は、相沢がエリスに真実を伝え、エリスは精神を崩壊させてしまうことになる。すべて豊太郎の不誠実さ、ないしは無責任さが招いた結果である。

つまるところ、作者の森鴎外はこの豊太郎というキャラクターを通して何を伝えたかったのだろうか。私が思うに、たとえ豊太郎のように飛び抜けて頭が切れて有能でも、重要な局面ではよく考えて決断する、とか、伝えるべきことは嘘偽りなく伝える、といったような、人として重要なことが出来なければいけない、ということを鴎外は伝えたかったのだと思う。そして、そのような人材ばかりを優遇していた、明治という時代の社会をも同時に批判していたのだと私は考える。「能力的なことだけでなく、人として大切なことを忘れるな。」そんなメッセージ性を、私はこの『舞姫』という作品からひしひしと感じた。

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