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『私の舞姫論』 優秀な人材とは
Posted 02/13/2019 02:43PM

 

 森鴎外はこの舞姫を書くことによって、明治時代には本当に優秀な人材と呼べるような人は少なかったということを伝えようとしている。この作品に登場する豊太郎は頭こそ良く、上司に言われたことならなんでもこなせるような優秀な人材であった。しかしながら、豊太郎は未来の日本を背負うような人間ではなく、対応力や判断力が著しく乏しく優柔不断であった。このように、優秀な人間であっても、適応力や判断力を持ち合わせているエリート達は多くはなかったということを訴えかけているのではないか。

 豊太郎はドイツに来てから数年の間は、ただ上司に言われた仕事をこなすだけの機械的な人間であった。与えられた仕事を地道にこなしていた豊太郎だったが、ドイツの大学に通う場面でも彼の優柔不断さが見られた。

 豊太郎は昔から政治家を目指していながらも国の為に法律学を学んだ。大学に通うことによって今まで自分は都合の良い人間であったということに気づいた。そして、国の金を使っていながらも自分が興味を持った文学を優先して勉強した。このように、自分の夢である政治家を目指すわけでもなく、出世するために勉学に励むこともせず、自分の趣味に没頭する。これは、豊太郎の優柔不断さと精神力の弱さが滲み出ている出来事であると言える。

 その後の描写でも豊太郎の決断力のなさが描かれていた。豊太郎は最初の仕事を辞めた後、学生時代の友人である相沢に出世のチャンスをもらった。その際にエリスとは別れろと言われ、豊太郎は了承した。しかし、豊太郎はエリスに別れを切り出すことはできず、最終的には子供を作っていながらもエリスと別れるという結果になった。これは出世したいと考えていながらも、エリスのことを愛しているため、どちらを取るかを迷った挙句、相沢が半ば無理矢理別れさせ、豊太郎の出世の手助けをした。

 相沢の決断は常に一貫しており、国のため、豊太郎の出世のために尽くしてくれた。しかしながら、豊太郎はそんな恩人に対して、自分の意思で決断できなかったことに対して相沢を恨んでいると綴った。自分の考えをまるで持たない豊太郎が人の決断に不満を持っている。このことから、豊太郎の優柔不断さと決断力のなさが見て取れる。

 豊太郎を通して森鴎外は、例え勉強や仕事ができるからといって、本当に優秀な人間は少ないということが結論づけられる。森鴎外本人は国賓留学生ではなかったため、エリートと呼ばれていた国賓留学生をドイツで実際に見た際に、このような人達を何人も見てきたのではないか。学業の成績や仕事の結果ばかりを基準に人を測る当時の日本の状況を伝えたかったにではないかと考えられる。

 

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